中谷君の軽い手捌きもあって、次々と出来上がる簡易壁。本職が鉄関係の職人である彼は、やはり手を動かすことが上手。すぐ要領を得て精度もどんどん上がる。さすが。
けれど残った作業はそれだけではありませんでした。ブースでの装飾関連の印刷物がこの前日夜の段階でほぼ皆無。
壁は鉄職人に任せ(m(_ _)m)、急いでそのあたりを依頼していたデザイナーのもとへ。もう21時前。
、のつもりが。
そうでした。個人の方からお借り受けする工芸品がまだでした。貴重なものなので直前にお預かりさせてください、とお伝えしていたのでした。
なのでデザイナーをさらに待たせ、少し距離のあるその持ち主のもとへ。
21:30。
貴重な三点をお借りしました。
三代目松本義廣 作 『村上義光 錦の御旗奪還』
長谷川義秀 作 『佐久間玄蕃 太閤本陣乗込の場』
絹常 『桶狭間の合戦』
こちらは昭和一桁代に造られたものとのことで、傷みはもちろん各所に見られるものの、色使いや人物の表情、各部の細密な表現など、とても見応えがあります。
衣裳については私素人同然ですが、そんな私も見ていて飽きませんでした。
丁重にワンボックスに積み込み、再び姫路へ。ようやくデザイナーのもとへ。
こちらに到着は22時でした。
姫路市市川台で『Design SIDE』を経営されてる甲本さん。
元々こどもの幼稚園役員同士ということで知り合い、すぐあとに姫路青年会議所に誘い彼も入会。二年前の文学館の事業でポスターや当日パンフレット、会場内外の装飾を一手に制作してくれました。
はっきり言ってやり手です。
プランを伝え画像やデータを揃えると即座に形にしてくれ、修正の希望もすぐに意を汲んでくれます。
これがその装飾材料の一部。ちなみに場面紹介のボードの龍の絵は大木光師の彫刻の下絵です。
こういうものをしっかり用意すると、展示させて頂く逸品がさらにぐっと良く見えます。逆にここがおろそかだとサラっと見られますし、お借りしてきた皆さんに対しても失礼だと思っています。
あと、長い時間その対象を見て頂く手引きになります。
それらの意味で、氏は素晴らしい才能の持ち主です。
ちなみに、あんたんとこのHPのリンク貼らせてよ、と言うと忙しすぎて自社のサイトはまだ無いとのこと。
独立二年目にしてコレ。末恐ろしいやつです。
すったもんだしたあと、日付が変わる頃にすべて完成。そちらの事務所を後にし、職場へ。
備品最終チェックをし帰宅就寝。
あくる朝7時集合の予定。
いまさらですが、今回の事業は、祭りが好きで仲良くなった仲間が集まってのことでした。
青い壁を造ってくれていた中谷君、荒川の肥塚くん、そして生野二区の永田くんです。
皆な揃って、これまた二年前の折りも会場準備初日に工芸品搬入を手伝ってくれたメンバーです。
その生野の永田君はなんと5時過ぎに生野を出発してくれていました。
さすが高地、霧がかかっています。
そしてもちろん7時より早く到着してくれていて、うちの母の「どんな段取りなっとん!!」という早朝の電話怒号で目がシャキッとした私でした。もちろん起きていましたが私以外が全員先に職場に集合完了していたカタチです。
41歳でも怒鳴られます、。
さあ搬出搬入。
こんかいはテント一張りのみのスペースなのでクルマ三台に一度に全て積み込むことが出来ました。
7時半には会場である大手前公園に到着。朝飯など食べる暇なくすぐに設営開始です。
まずは畳スペース。材料は酒屋さんから借りたビールケース10個と、コンパネ2枚。あとはウチの和室からひっぺ返して持ちだした畳二枚。ほぼ無料。
ビールケースを隠すのに例の青い布をサラリと垂らして完成。
そして簡易の壁をテントの梁に針金でぶら下げていきます。
するとどうでしょう。
設営前。前日、ヤバイなァ、、ボーー然としたときの写真。
ほぼ完了後。
なんとか工芸品が映えるようになりました。
前述の甲本氏デザインの幕等ももちろんキラリ、花を添えてくれてます。
これで来て下さった皆様をお迎えできる最低限の格好が付きました。
さいごに私どもで漆塗りをさせて頂いたかつての祭り屋台の屋根を搬入し、
設営完了です。
イベントの公式なスタートが10時。
並べたり整えたりするさなかにも沢山の知り合いの方や普段のお客さんが来て下さり、10時なんて全然で、本当は全部配置し落ち着けたのはお昼でした。
ようやくスタートです☆
まだまだ続く (いつものパターン、、)
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